「すべてやって欲しい」という患者との対話
Discussing treatment preferences with patients who want "everything".
Ann Intern Med. 2009;151:345-349.
リウマチとは全く関係ありませんが、定期的に読みたくなる名論文です。是非全文を読んで欲しいです。
今話題の「人生会議」、医療用語で言うAdvanced Care Planning(ACP)について深く考えさせられます。
6ステップに分けられて方法が紹介。
1.「全てやる」ということが患者にとってどう言う意味かを理解する
2.治療理念を提案する(患者家族の価値観を理解した上で、医療者側からの提案を行う)
3.推奨治療を提案する(細かいところ)
4.患者感情に対して支持的な言動を行う
5.異論に対して交渉する
6.意義の乏しい侵襲的な治療の継続的な要求に対しては「harm-reduction strategy」を用いる。
症例:75歳の男性。既往にCOPD、透析中末期腎不全、末梢性動脈性疾患(PAD)があり、この3ヶ月で3回呼吸不全で入院している。ADLは低下傾向だが、人生を楽しんでいる。
医師が急変時対応(心臓マッサージ・人工呼吸を実施するか?)に関して尋ねると、患者は「全部やって欲しい」と返答した。
(要約)
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重症疾患に直面した場合に「どこまで治療するか?」と言うことを医者が患者/家族に質問すると、「すべてやって欲しい」と言われる。
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医者はそれを額面通り受け取るのではなく、「すべて行う」ということが患者にとってどのような意味を持つのかを患者と話し合う必要がある。
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議論すべきポイントとして
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患者が耐えられる治療のリスク/ベネフィット
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「すべて行う」という発言の根底にある感情的・認知的・精神的・家族的要因として何があるのか?
がある。
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この質問をすることで、改めて病状に照らし合わせて患者の価値観・好みに合った治療を実施することが可能となる。
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また、患者・家族・医療者のお互いに対する理解を高め、患者家族の価値観を最も尊重し、なおかつ医学的に可能なアプローチを形成することに役立つ。
具体的なアプローチは6ステップに分けて紹介されている。
1.「全てやる」ということが患者にとってどう言う意味かを理解する
大体の場合(侵襲的・延命治療含め)「全てやる」と、圧倒的にリスクの方が多く、得られるベネフィットは少ない。むしろその「全て」に込められた意味を考えた方がいい。
その意味の一例は以下の通り。(要は「全て」にも色々あると思えばいい)
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(意訳)
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予後が短くなったとしても、苦痛の緩和に役立つことを「全て」
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苦痛が増さないなら、寿命を伸ばしうることを「全て」
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苦痛が少しあるとしても、寿命を伸ばしうることを「全て」
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苦痛の程度に関係なく、寿命を伸ばしうることを「全て」
背景別の質問例は以下の通り
(これが一番いい図だと思う。訳は意訳なので本文参照を)
分野(問題点)
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意図
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「全て」の意味の可能性
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問うべき質問
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感情
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見捨てられる
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「見限らないでください」
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「一番心配なことは何ですか?」
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恐怖
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「(私の治療を)諦めないでください」
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「一番恐れていることは何ですか?」
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不安
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「家族と死別したくない」
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「医師から今後に関してどのように伝えられていますか?」
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「死ぬのが怖い」
「諦めようと思う」
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「一番つらいことはなんですか?」
「最も重要な目標はなんですか?」
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認知
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理解不足
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「どういう病状なのか、わからない」
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「ご自身の状態/予後についてどのように理解されていますか?」
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ベストの医療を受けていると安心したい
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「あらゆる手段を講じてほしい」
「長生きする可能性のある治療をすべて受けたい」
「どんなに大変だろうと全て我慢します」
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「他の人はあなたの病気の今後についてどう言っていますか?」
「治療の影響についてどう聞いていますか?」
「あなたの言う「全て」の意味を教えて下さい」
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精神
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生気論
(生命現象には物質の機能以上の生命力があるという論説)
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「どんなに辛かろうと、人生全ての瞬間に価値がある」という思想がありそれが重要である。
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「あなたの信条が指針に影響しているのですか?」
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信仰
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「神に運命を委ね、奇跡を信じます。」
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「神があなたの時間(寿命)だと決めるときを知りうる方法はありますか?」
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家族
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認識の相違
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「家族と離れるなんて耐えられない」
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「ご家族は(現在)どう対処しているんですか?」
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家族の葛藤
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「夫が私を残して死ぬわけない」
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「お子さんは(あなたの病気に関して)何を知っていますか?」
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子供/扶養家族
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「家族は私の金が欲しいだけだ」
「子どもたちを悩ませたくない」
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「なにかお子さんに対しての案はありませんか?」
「自身で意思決定できないときの代理人に関して協議したことはありませんか?」
「遺言を残しませんか?」
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2.治療理念を提案する(患者家族の価値観を理解した上で、医療者側からの提案を行う)
3.推奨治療を提案する(細かいところ)
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例:CPR・人工呼吸など
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「治療理念」に基づいてCPR実施有無を決める
4.患者感情に対して支持的な言動を行う
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例
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認める:「難しい問題です」
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正当化する「この問題に直面する人はみな怖がります」
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反応について詳しく聞き出す「一番つらいことを教えて下さい」
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共感する など
5.異論に対して交渉する
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患者の状態・価値観・理念を理解した上で、それを患者家族と共有する
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溝が埋まらない場合は「妥協点」を見つけるのも重要(例:CPRは実施しないが、人工呼吸器は実施する)
6.意義の乏しい侵襲的な治療の継続的な要求に対しては「harm-reduction strategy」を用いる。
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「永久に心臓マッサージを続けてほしい」のような意義の乏しい治療に対しては以下のstarategyを用いる
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患者・家族が「話を聞いてもらい敬意を払われている」と感じられるように、患者の治療に対しての「理念」を認め、遵守する
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患者・家族から持ち出してこない限り、侵襲的治療の制限についての定期的な議論をやめる
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治療方針の裏にある理由の共有・ともに目指すべき他の目標を探す(症状コントロール・支援・治療)によって、医療チーム側の不快感に対処する
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臨床判断を以て、患者の決めた目標に達しない治療を制限する…例)蘇生が望めない場合、full-codeでもCPRは1サイクルで終了する
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これによって患者・家族は「全て」が行われたとわかり、スタッフによる意味のないCPRの継続を終わらせることができる。
(冒頭症例)
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「全てやる」ということが患者にとってどう言う意味かを理解する
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医師は「ご自身の状態に今までなんと言われましたか?」とまず尋ねる→患者は状態が悪化していることを理解していた。
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医師は、患者の予期される予後は3-6ヶ月(例外あり)と説明
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「ご自身にとって一番重要なことは何ですか」と聞く→患者は「肉体的に快適であること・家族に負担がかからないこと・数カ月後に生まれる孫の顔を見ること」と答える。
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→「重要な目標です」と言い、患者の目標を認める。
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ただ、「最善を尽くすが、それを保証することはできない」とも答える。
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治療理念を提案する
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推奨治療を提案する
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「以上を考慮すると、予後とQOL双方を最大化させるために必要な治療の継続は勧める」
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「しかし、救命困難な際の侵襲的な治療は避けたいというあなたの願望を考慮すると、CPR・人工呼吸器は勧めない。予後を長期化させる、またはQOL向上に役立つ治療に関しては引き続き検討したいと思う」
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「以上の方針はあなたにとって理にかなったものですか?」と提案する。
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→患者は同意。同時に悲しみ・安心を示す
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患者感情に対して支持的な言動を行う
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患者は感謝。
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+家族とともに不測の事態に備えての計画を建てること、出生予定の孫へのメッセージ・プレゼントを残すことを推奨した。
彼は就寝中に静かに逝去された。CPR・人工呼吸は実施されなかった。
(結論)
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患者・家族の「全てやってほしい」という要求の裏側にある感情・価値観等を調査することは、患者の治療理念を理解するのに役立つ。
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この調査によって、患者は苦しむことを避け、延命に対する相対的な価値観を得るのに必要な情報が得られる。
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医師もこの情報をもとに、推奨治療の提案ができる。
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ただ、害が大きく利益が少ないからと言ってCPR・侵襲的な治療を行わなくていい、という問題ではない。
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そのような場合には、患者の意思を尊重すべきだが、臨床的判断の実施の必要性もある。
(感想)
なかなか踏み込みにくいところまで全て書いてくれた素晴らしい論文。拙訳で申し訳ない限り。
Advanced Care Planning(所謂Code決定時)に個人的に重要だと思う点は2つ
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患者/家族の理解
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「今後の予後をどのように理解しているか」を医療者側が知ること
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「医療者側からみた予後予測」を患者側に理解させること
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医療者側の共感
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患者側を「大事にしている」ということをしっかりと示すこと
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「『大事にしている』からこそ望ましい治療方針」を患者側に示し、受容できないなら妥協点を見つけること。
医療やっていて、患者家族側に「Codeを修正させる」(所謂『Code:DNARを”取得”』)というのは、「患者にとっても必要なこと」と感じることは多々ある。しかし「それが決して強制ではならない」というのは当然であり、そこにジレンマがある。Code:DNARは「取得」するものではなく「話し合いの中で決定」するものだ。
その決定の過程にこの6ステップは非常に有用。
まとめ
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治療における患者の「全てやってほしい」という言葉を分析し、活かすことが、治療方針決定において重要。